2025.10.6 辻–トロスト反応に関する論文がOrg. Lett.に受理されました

長い戦いとなりましたが、ついに着任1年目から携わってきた論文が出版されました!

本反応は研究室10年の歴史そのものです。

谷川君が発見、藤倉君が触媒化した状態でしたが、着任後に加藤君と2年間色々取り組んだのち、髙𣘺君と最強コンビ (自分で言うな?) を組み、機構研究や論文の仕上げを行いました。本当に色々詰まった一作です。後日インタビュー等取り上げたいと思いますが、まず速報ということで!2025.11.7インタビュー更新!

RMとしても本当に色々と苦労しました...


"A Tsuji–Trost Reaction Using Free Carbenes as Nucleophiles: Palladium-Catalyzed Photoinduced Coupling of Acylsilanes with Allylic Alcohol Derivatives"

Ryosuke Masuda, Kento Ishida, Yuta Fujikura, Kanato Takahashi, Yuki Tanigawa, Yujiro Kato, Hiroyuki Kusama*

Org. Lett. 2025, 27, 11585–11590.


研究の概要

炭素–炭素結合形成は有機化学の最も華型といえる重要な反応形式であるが、その中でもパラジウム (0) 触媒による辻–Trost反応は有効な手段として発展してきた。通常、求核種としては安定カルボアニオンやアミンが選択され、2価炭素であるカルベンを用いた例は極めて少ない (現在のところ、この反応1例のみ)。カルベンは潜在的に1つの炭素に結合2つまでを形成可能な合成素子であることから、辻–Trost型反応の求核剤として一般化されれば、構築できる化合物群の幅を格段に拡げることが可能になる。

 近年我々の研究グループをはじめとして、アシルシラン (シリルケトン) の光励起を契機としたシロキシカルベンへの可逆的異性化は注目を集めている。このカルベンは求核性が乏しいものの、求電子剤を適切な遷移金属により活性化することで、カップリングパートナーの適用範囲が広くなることが期待される。

 今回我々は、パラジウム(0)触媒と光の協働作用による、アシルシランとアリルアルコール誘導体のクロスカップリング反応を開発した。本反応は光によるアシルシランの異性化と、パラジウムによるπ-アリルパラジウムの発生が独立に起こることで活性種が発生し、これが生成物を与えると考えられる。我々が知る限り、これはフリーカルベンによる辻–Trost反応として極めて珍しい例である。なお、求核剤の反応は内圏機構で進行することが、実験的に解明された。詳細はぜひ論文にて!

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〜辻–Trostテーマ、ついに小章完結〜

本研究は、責任著者である草間先生が学習院に着任して始めた研究になりますが、機構解明や論文化に向けての種々の検討でRMも尽力させて頂きました。今回は、触媒系の発見に大きく貢献した藤倉悠太さん (2021 M2卒) と、ハードな機構研究や論文化そのものに大きな貢献を残してくれた髙𣘺奏音さん (2024 B4卒) の2名にインタビューをお願いしました。特に藤倉さんはRMとは直接研究していないものの、ご多忙な中取材を快諾頂きました!ありがとうございます!


学生さんへのインタビュー

著者の紹介

藤倉 悠太 (FUJIKURA, Yuta)

学習院大学 草間研究室 修士課程卒業 (2021年3月, 現在メーカー勤務)

髙𣘺 奏音 (TAKAHASHI, Kanato)

学習院大学 草間研究室 学士課程卒業 (2024年3月, 現 Science Tokyo 田中健研M1)


- 本研究の学術的ポイント

髙𣘺: 数少ないカルベンによる辻–Trost反応を実現した点ですかね。反応機構を丁寧に検証できた点も、学術論文としてはよかったのではないでしょうか。


- 実際に研究を進めていくうえで、嬉しかったことや感動の瞬間は?

藤倉: 初めてPd(PPh3)4とCuTCの組み合わせを試し、反応がうまくいった時の感動は未だに覚えています。先輩に尋ねながら自分でアイデアを出し、これまでとは一味違ったアプローチで反応を促進させようと方針転換をしました。実際に反応を追跡したら、1時間でTLC上で原料が完全に消失しており、生成物が出来ているのを確認しました。仮説を立て、狙った通りに反応が進行する過程を体験した時のワクワク感は研究室生活で一番だったのではないでしょうか。

髙𣘺: transcisでパラジウム–ホスフィン錯体を作り分けて単離し、生成物の立体化学を決定することで内圏機構の証明ができたことです。隣にPIとは分野の違う、錯体や不安定化学種の合成に詳しい変な助教 (おっと???笑) がいたので、一緒にバラエティに富んだ錯体を手に取って合成したり触れたことが楽しかったです。Pd2dba3錯体を合成するのですが、これが一般にほとんど使われないベンゼン錯体 ([Pd2dba3]・benzene) にすることが肝でしたので、これを頑張って合成しました。現在所属する研究室ではほとんど錯体合成に触れないので、良い経験になったと思います。実際反応に用いて、同じ操作でちょうど逆の立体を有する化合物のNMRスペクトルが得られた時は、結構達成感がありました。


- なぜ研究がうまくいったか、その秘訣を教えてください。

藤倉: 実は反応促進剤であるCuTCの効果は同期の雑誌会で知りました。当時行き詰っていたため先輩と話し合い思い切って試してみたら、運よくマッチしましたね。意外なところから自分の研究につながることがあるので、常にアンテナを張っておき、これは自分の研究に活かせないかと考えるのが重要ではないでしょうか

(さすが当研究室のレジェンド、含蓄のある言葉ですね...)

髙𣘺: 自分で考えることが大切でした。テーマを出してもらった先生に言われたことが本当かどうか、化学者として客観的に見ることが重要だと思います。助教に薦められた論文は全部読みましたし、それ以外にJACSのASAPから週1報選んで自主的な勉強もしていました。どうしたら論文に必要な情報を得られるか?これは反応開発の論文で共通項があるようにも思えます。あと、何を言おうとB4風情なので実験数は大切です。実験の半分は寝不足で判断力が終わっていたので考えものですが...所詮B4なので、自分でやるべきことを見つけることができていなかった気もしますね (珍しく謙虚だな)。


- 実際に研究を進めていくうえで、苦労した点

藤倉: テクニカルな話ですが、生成物が異性化しないように単離精製することが大変でした。見ての通り、酸・塩基で簡単に異性化する化合物ですので、、、(RMも実験して思いましたが、アリルケトンを丁寧に単離するのは結構技術が必要) ちょっと日を置いてしまったら異性化しており、やり直したことが何度もありました。その影響で(おかげで?)反応をかけたらすぐ精製するという習慣がつきました。

髙𣘺: 正直、教授と助教の意見が合わなかったことです (笑)。論文を見てもらえば分かりますが、錯体による化学をやっている最中、錯体の変換にこだわる教授 vs 単離可能な錯体でまず区切りをつけたい助教のバトルがあって。個人的には後者の、一区切りつけてからさらに知見を深める方に味方して、論文化に漕ぎつけましたね。(誤解のないように補足しますが、別にスタッフ同士は喧嘩腰にはならず、終始真剣に話し合っていましたw) あと先輩の実験ノートが書いてなかったり何を書いてあるのかさっぱりだったり。実験ノートをマメに書く新興の助教との教育方針がこんなところに出ているのかと思いましたよ。(笑) ノートはちゃんと書きましょう。具体的な実験では、錯体を用いた等量反応では副生成物が多すぎるのも大変だし、 カラムからのGPCに走る流れが、再現性の面で大変でした。もう完全に感覚でやっていたので今やったらどうなんだろう...まあキマっていたのでしょうね


- 研究のお気に入りな点

藤倉: 0℃ですぐ反応が終わる点です。そのおかげでスムーズにデータが集められました。研究会でもデータ不足で怒られたことはありません。(笑)

髙𣘺: 生成物がほとんど既知で、化合物データを集めなくていいところですね。笑 Pdの等量反応は時代錯誤で楽しかったです。


- 本研究を通して成長した点など

藤倉: PDCAサイクルを意識して物事に取り組めるようになったことです。ただ闇雲に実験していては効率よく結果が残せません。実験前にしっかりと仮説を立てる。そして得られた結果に対し考察をし、次のアクションを考える。こうして一つ一つ意味のある実験にしていくことが重要と考えてます。と言っても、正直社会人の今でもまだまだブラッシュアップするところは沢山あります。しかし学生時代から習慣づけ出来ていたおかげで周りの厳しい環境にもついていけているような気がしています!

髙𣘺: 変な助教から変なテクニックばかり教わったので、実験は上手くなった気がします!もう少しアプリケーションを考えられるようになりたいですね (これは課題)。


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増田からのコメント

藤倉さんは直接は被ってないのですが、お会いしたりメールでやり取りをする中でも、その研究への情熱はよく伝わってきました。そうでなければ、あれほどデータを積み上げられなかったのではないでしょうか。今も研究室では関連テーマがいつくも回っています。

髙𣘺 (呼び捨て) は生意気なヤツですが、本当に1年間仲良く楽しく研究でき、RM個人として物凄く充実していました。そもそも3年の定期試験 (90分) で30分途中退出をキメている時から、こいつなんかいいな〜と思っていたのですが、蓋を開ければ化学 (というか学問全般) が好きな変態でした。自主的にB4の勉強会を主導したりと、彼の周囲の学生は刺激されたのではないでしょうか。RMとしても、博士まで駆け上がる彼の活躍が楽しみです。生意気な分、ちゃんとしたジャーナル出してもらわないと困るけどなw

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論文出版を終えて

とにかくやり切りました! 藤倉さんの功績と、論文化にあたって機構研究、データの整理やSIのチェックなどを一緒に行ってくれた髙𣘺さんの熱意がなければ、おそらく論文化は無理だったでしょう。その他の著者の方々も、それぞれ発見があって原著者になっています。本当にみなさんお疲れ様!!!といった感じです。本当はRMのDFT計算 (これまた非常に時間がかかった) も組み込みたかったのですが、決定打にはならず実験結果のみで一本勝負としました。また追記しようと思いますが...なんか色々よかったです!色々あったけど!!!みなさんおめでとう!!


ささやかな論文祝賀会

髙𣘺君と某所にて

Ryosuke MASUDA's Homepage

大学の有機合成化学分野で助教をしている増田 涼介 (博士: 理学) のホームページです.