2025.10.10 矢野さん (M1) の論文がInorganic Chemistryに掲載されました
“Ambident Reactivity of (Selenocarbamoyl)phosphines: Transformation into a Crystalline (Phosphino)(seleno)iminium Salt and Transition-Metal Complexes"
Tamaki Yano, Ryosuke Masuda*, Hiroyuki Kusama*
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.inorgchem.5c03252
研究の概要
高周期カルボニルであるセレノカルボニルは、その顕著な反応性から興味がもたれてきたが、通常不安定である。窒素が隣接したセレノアミドは安定に取り扱い可能であるが、さらに典型元素が置換したセレノアミドは多くはない。
ごく最近我々は、ホスフィノ基が置換したセレノアミドである(セレノカルバモイル)ホスフィンを初めて合成・単離し、その構造および反応性を明らかにしている (論文)。この分子を俯瞰すると、尿素の酸素をセレン、窒素の一方をリンに置き換えた化合物と捉えることができる。しかし、リン原子の弱いメソメリー安定化能によって「σ供与性置換基を有するセレノアミド」として振る舞うため、セレン上およびリン上の2つの反応点を有する分子であるといえる。実際に多くの試薬はリン上で、MeOTfはSe上で高選択的に反応することがわかっていた。
今回我々は、この分子に残された課題であった (1) メチル化された生成物であるセレノイミニウム塩の結晶化学的同定、(2) 硫黄同族体である(チオカルバモイル)ホスフィンとの反応性の比較および (3) SeおよびPの段階的修飾、以上3点について詳細に調査し達成したため報告する。ポイントは以下3点である。
(1) ヘテロ元素置換セレノイミニウム塩として初めての単離・結晶構造解析
(2) メチル化のカルコゲン/P選択性においてはSe>>>S
(3) Pdと単体セレンを適切に用いると、高度官能基化された化合物が合成可能
本研究はheavy urea類の化学を推進する上で指針となると自負している。
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〜ライジングスター矢野 珠己 第二作〜
2025年の4報目がついに出版!投稿は辻–Trostよりも1ヶ月以上先行していましたが、諸事情により表に出るのが遅れてしまいました。
学生さんへのインタビュー
著者の紹介
矢野 珠己 (YANO, Tamaki)
学習院大学 草間研究室 M1 (2025年10月現在)
- 本研究の学術的ポイント
世界初のヘテロ元素置換セレノイミニウム塩のX線構造を明らかにしたことと、何よりも、メチル化において、セレンが硫黄と比較し顕著に高い選択性を示すことを実験・理論の両面から実証することができた点にあります。
- 実際に研究を進めていくうえで、嬉しかったことや感動の瞬間は?
セレノイミニウム塩の結晶構造が得られたときは感動と共に、拍子抜けでした。というのも、前報の時からリン上の置換基やメチル化剤、結晶化条件について半年以上検討を重ねていたので、少し諦めの感情がありました (結晶性が低いので、すぐにアモルファスになってしまう!)。ある時、普段用いない酢酸エチルを用いると小さな結晶が得られました。安堵の方が大きかったと思います。
でも何より、Cover Pictureの招待が来た時が嬉しかったです!(笑)
(後日公開予定です、お楽しみに)
- なぜ研究がうまくいったか、その秘訣を教えてください。
正直、錯体なども含めてあっという間に論文化に至ったので、あまり意識していませんでした。ただ、セレノイミニウム塩以外は空気中でも扱えたという点が、本研究を安定に推進する上で重要だったかと思います。タングステン錯体は金属ソースをきっちり単離してから用いることで、酸化剤非共存下でSeを損なうことなく錯形成できました。
- 研究のお気に入りな点
間違いなく、(チオカルバモイル)ホスフィンと(セレノカルバモイル)ホスフィンの違いを出せた一点に尽きると思います。銅鉄研究という言葉があるように、「硫黄とセレンは同じ」という話をよく聞きます。でも実際は全然違って。この違いをしっかり実験で抑え、理論計算で示せたのは本当に痛快でした。
- 本研究を通して成長した点など
論文化に少し慣れた気がします!化合物データをとにかく集めておくこと、スペクトルのクオリティ、そして論文の中で必要な解釈。これらを少しでも意識できるようになったのは、成長した点でしょうか...
- 今後の意気込みを教えてください
とにかく上を狙いたいです!
前も述べましたが、M2卒業までに、なんとしても自分の設計した分子で論文を出したいです!現在すでに新しいテーマも初めていて、戦々恐々としながら新たな試薬を使いながら新分子に挑戦しています。
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増田からのコメント
まさに非凡な存在。これが本当にM1なのか?
矢野さんの詳しいご紹介は前回のインタビューをご覧下さい!私が思いつきで「こんなのどう?」と渡すと、夕方にはcrudeのNMRを報告してくれるスピードと誠実さはM1になっても留まるところを知りません。
矢野さんも言っていましたが、今回の論文の完成は本当にあっという間でした。前報で明らかにできなかった部分を、articleとして出版するために必要な論理構成とデータは、すでに彼女の頭の中にあったからだと思います。地味な点として、錯体の溶解性が低く、化合物データの収集がとても大変だったように見えました。ただしインタビューの感じからは、それは科学者として当然のこととして全く話に出ておらず、あっぱれという感想です。今年は基礎有機化学討論会に続き、12月の典型元素化学討論会 (実はstaffになってから発表出すのは初めて!) でも堅実かつ華やかなご活躍を見せてくれることでしょう。今後がますます楽しみです。
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論文出版を終えて
今回は論文の構成も決まっていたので、ちょうど10日で本文の草稿ができあがりました。そこから英文校閲を出しつつSIの編集に移行できたスピード感は、増田の理想に近いです (仕事の都合と、学生さんの頑張りが重ならないと難しい)。どこに出すか迷いましたが、やはり結果の早いACSかな?ということで2025.7.15にInorg. Chem. へ投稿しました。矢野さんの前回論文からちょうど4ヶ月のことでした。なお、今回はM1の間にきちんと2報目をまとめたということと、原稿もだいぶ考えてもらったので、研究室では初の修士学生が1st authorの出版になります。これなら誰しも納得することでしょう。しかも、矢野さんの2報はStaff以外単独での出版。世界の誰が見ても、彼女の仕事だとわかります。
査読してくださった先生方は高く評価してくださりましたが、実は計算について相当ツッコミが入りました。実験は完璧だったので、完全に増田だけがreviseでてんやわんやという感じでした。(笑) ただ、新たなプログラムや計算法について真剣に勉強するまたとない機会になりましたので、得難い経験だと振り返ることができます。一つ文句があるとすれば、Editoral Reviewが長すぎるのと、Acceptedからがあまりにも冗長すぎる....途中で一ヶ月後に投稿した辻トロスト論文に色々なプロセスが抜かされてしまいましたよ。人手不足や論文の都合など諸事情があるのでしょうが、筆者は想像以上に論文の掲載を心待ちにしていることを理解して頂きたいですね。
最後にお口直しをしておくと、refereeの一人からこんなコメントがありました。
"And last but not least, I enjoyed reading this beautiful manuscript."
科学者冥利に尽きる一言だと思いました。今後も精進したいと思います。
RM
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